汗かき教師修行 10年 『学び合い』の失敗を自分の失敗と捉えられるか? 忍者ブログ
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『学び合い』の課題として前々から感じるのは,「教師」の成長に関するもの。

一斉授業との対比で語られることのある『学び合い』であるが,一斉授業をバリバリされている人に取って,『学び合い』を受け入れられない理由に,教師の技術を否定している感じがすることがある。(僕もそうだった。)

一斉授業においては,確かにどの子も学習に向けるのが難しい状態になることがある。でも,キャリアを積み,教育技術を磨くことで,ある程度の子どもを学習に向かわせることが可能になる。その教師としての成長があるということが,授業の正否はともかくとして,教師が勉強する一つのきっかけになるはず。
そして,教師の技術が必要だからこそ,一斉授業での失敗,学級経営の失敗は,その教師の問題として捉えられ,改善のための研修,研鑽が必要になる。

一方で,『学び合い』は,子どもたちが有能であるという考え方から,相対的に,教師の力量に関してはほとんど考えない。(石川先生は,対談で「冷たい」と表現していた。)
専門性もいらない。技量もいらない。子どもを信じて任せればいい。
こういうセンセーショナルな言葉が前面に出ると,じゃあ教師は何をするんだ,教師はいらないじゃないか,と感じてしまう。
もちろん,課題を設定するだけの専門性は必要だし,子どもに話を聞かせるだけの技量もいるし,信じて任せるだけの器量もいる。でも,やっぱり,一斉授業で厳しい修行をしながら身につけていく教師としての技量とくらべて,なんだか曖昧でよくわからない。

そして,そのせいだろうか?『学び合い』がうまくいかないときに,その教師自身の問題として捉えるよりも,『学び合い』の問題として捉えてしまう傾向があるような気がする。
『学び合い』を実践する人たちも,その失敗に対して,それは『学び合い』ではないから,というように返してしまいがちだ。
『学び合い』だから失敗する。
『学び合い』だったら失敗しない。
というような言い方は,何か腑に落ちない。『学び合い』という考え方は,考え方なのだから失敗も成功もない。それに基づく授業は,学習者がどれだけ基準に達成したかをはかれば,成功か失敗かははっきりする。でも,その授業の正否は,授業者である教師の問題であって,授業の考え方や形式の問題ではないはず。

今日の授業がうまくいかなかったのは,「一斉授業」のせいだ。
「ワークショップ型」のせいでだめだった。ゆるせない。
『学び合い』がうまくいかない。『学び合い』はやっぱり信じられない。

う〜ん。どれも,なんか変だ。どんな授業形式でやったとしても,どんな考え方でやったとしても,その授業のデザインは教師がしている。その教師のデザインの問題として考えることができれば,次の授業に活かすことができるはず。

「〜の問題でうまくいかない」
の〜については,「自分自身」と考えるくせが必要なのではないかな?

そんなことを考えました。

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