汗かき教師修行 10年 夏休みの読書 忍者ブログ
〜本物は続く 続けると本物になる〜
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読書メーターに記録したとおり,今年の読書は,小説がかなりの数を占めている。
小説は,結構暇つぶしに読むことが多かったので,こんな風にまとめて読むのは初めて。

これは,神戸の図書館のWEB予約のシステムがかなり便利だということを知り,流行の本をかたっぱしに読んでみたいと思ったことがまず一つの原因。
もうひとつは,子どもたちの読書感想文を考えるにあたって,いったい読書というのはなんなのかを考えるために読んでいる。
って,偉そうなことを言うが,本当の一番の原因は,単に面白いからだったりもする。
ベストセラーといわれるような小説を読みながら,考えていたのは,いったい読書というのは何なのだということ。そういうことを考えるために,本を読んでは,嫁さんに感想を伝えていた。嫁さんからすれば迷惑だと思うが,誰かに感想を聞いてもらうことで,いったい僕はこの本で何を学んだのかを考えている。

さて僕は,子どものころから推理小説が大好きで,シャーロックホームズとかルパンとか,アガサクリスティの本とかを読んでいた。中学生・高校生はマンガばかり読んでいたが,時々読む小説はやっぱり推理小説ばかりだった。
こういったたぐいの本というのは,エンターテイメント系の本とひとくくりできるように思う。サスペンス系,冒険系,アクション系,単純明快なストーリーや息もつかせぬ描写でぐいぐいと読者を引き込むような本。
こういう本を読んでいるときは,自分も登場人物の誰かに身を置きながら,現実の自分では体験できないようなことを追体験する楽しみがある。
こういう本の感想を言うときは,ほとんど自分が考えたことなどを話すことはない。
「めっちゃおもろかったで。」
「山場がすごかったわ。」
「最後の大どんでん返しが気持ちいい。」
と,ストーリー展開や,爽快感などについて話す。どちらかというと書評のような感想になる。
だから読書感想文を書くとなると,ちょっと書きずらいところもある。もちろん,人間関係や,努力や成長などといった側面に焦点を当てれば書くこともできるが,どちらかといえば,ストーリー展開やプロットの部分に目がいきやすいので,単純に,自分も登場人物と同じように,スリルを体験するというのが一番気持ちのいい読み方だと思う。

二つ目は,自分の内面について考えさせられるような本。
ドストエフスキーなんかは,その最高峰なんでしょうね。(って偉そうに言うけど,今回初めて読んでいるんですよ。)村上春樹とかもそうだろうな。エンターテイメントというよりは,ある事件をきっかけに,登場人物の内面などを描写するような本。本を読みながら,主人公の内面を読み取り,それと同時に,自分自身の内面と比較して考える。そのことによって,登場人物と対話をして,ときに自分自身と対話する。主人公や登場人物の言動を通して,自分の内面が見えてくるような文学。
こういう本は,読むのに時間がかかる。先のエンターテイメント本は,一つ一つの描写をさっと読み飛ばして読むこともできる。さっさと事件のオチが知りたい時など,5ページくらい斜め読みしてしまう。だが,こちらの本はそれができない。それをしてしまうと,わけがわからなくなってくる。思考の過程がとんでしまう。だから,丁寧に読む。その分,疾走感や爽快感は少ない。ただ,読後の達成感や,成長した実感が残る。
こういう本は読書感想文にも書きやすい気がする。
嫁さんに感想を言う時も,主人公のセリフの気に入ったところなどを引用して,そこからこんな風に考えたというような感想が出てきた。
本を通して,自分を発見するという行為が可能である。

3つ目は,知識を得る。
これは,そのまま単純。知りたいことのために,知りたいことの書いてある本を読む。どちらかといえば,小説ではなく,専門書の類に入るだろう。小説でも,綿密な取材のもと書かれている本は,知識の面でも十分に満足させてくれるものがある。

1 他者の体験を通して,自分とは違った世界の出来事を追体験する。
2 他者の思考を通して,自分の内面を振り返る。
3 自分がしらない知識を学ぶ。
「この3つぐらいかなぁ・・・読書をする意味って・・・。」
と,僕なりの結論を嫁さんに話す。
「う~ん。そうかもねぇ。でも,それだったらマンガでもいいね。」
「そうやなぁ。マンガでもいいか!おれも,マンガ少年やったし・・・」
と,話しながら,「あっ!!」って,すっかり忘れていたこと。
それは,言葉を学ぶということ。
いろいろと小説を読んでいると,リズムのいい文章と,悪い文章というのが出てくる。イメージが湧く文章と,イメージの湧いてこない文章。わくわくする表現と,野暮ったい表現。
読んでいて,気持ちのいい文章は,内容がどうあれ,読後感が気持ちがいい。違和感のある文章は,話は面白くても,なんだか後味が悪い。

中学・高校時代に文学少女だった嫁さんは,
「何冊も読んでいると,しょうもない文章と,すてきな文章の違いがはっきりわかるようになるよね」
という。

それそれ!!
マンガにはない部分。それは,文章表現の妙に気づくことである。
ちょっとした描写に隠れた,言葉の面白さ。言葉の豊かさ。言葉の素晴らしさ。セリフ以外は,絵にしてしまうマンガでは味わうことができない部分である。
そして,この文章表現というのは,実は非常に大切なことである。なぜなら,僕らが世界を認知するときには,言葉がなければ理解できないからである。

「緑の木が生えている」
という言葉だけでももちろん生きていける。だが,それだけでは世界は豊かにならない。
「緑」
だけで,いろいろな言い回しがある。
「木」
一つとっても,いろいろな木がある。
「生えている」
のは,どんな風に生えているのか。
また,「緑の木が生えている」ということを,もっと比喩的にあらわす表現だってある。
それらの表現は,その表現を知らなければ,もちろん使えないし,それを知らなければ,「緑の木が生えている」ところに立ち会っても,文字通り「緑の木が生えている」としか理解できないのである。

自分が見ている世界を広げるためには,本を読むしかない。
それも,できるだけ良質の表現をしている文章を何度も読むことでしか,世界は広がらない。そうやって,人の表現を身につけていくことで,自分自身も表現できるようになり,そして,自分が見ている世界が豊かになっていくのである。

・・・ところで,ここまで読んだ人はご存じのとおり,僕の文章は,支離滅裂で非常にわかりにくい。
これは,そういう文学表現のある本を避けてきたからに他なりません。
皆さんも,そうならないように,たくさんの文章を読んで,自分の世界を広げてほしいと思います。

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