汗かき教師修行 10年 死と身体① 忍者ブログ
〜本物は続く 続けると本物になる〜
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8月に新潟である『学び合い』フォーラムに参加する。
もちろん『学び合い』にも関心があるのだが,それ以上?に関心があるのが,講演をされる内田樹さん。
神戸女学院の教授なのだが,これがまた面白い。「下流志向」はベストセラーにもなっているので,読んだ人もいるかもしれない。「ためらいの倫理学」とか,「おじさん的思考」とかもオモロー。

というわけで,嫁さんにお勧めされた内田樹の本を読む。
「死と身体 コミュニケーションの磁場」
死と身体―コミュニケーションの磁場 (シリーズケアをひらく)死と身体―コミュニケーションの磁場 (シリーズケアをひらく)
内田 樹

医学書院 2004-09
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【あべこべことば】
・「適当」の意味が適当なわけ
・同一語が反対の意味を持つ必要性
多くの言語学者たちは,最も古い言葉では強い―弱い,明るい―暗い,大きい―小さいというような対立は,同じ語源によって表現されていたと主張しています。たとえば,エジプト語のkenは,もともと「強い」と「弱い」という二つの意味を持っていました。対話の際,このように相反する二つの意味を併せ持つ言葉を用いるときには,誤解を防ぐために,言葉の調子と身振りを加えました。(S・フロイト『精神分析入門』)
・人間はどうして,わざわざ話を複雑にするのか。

【ダブルバインド】
・メタメッセージ
・メタメッセージとは,メッセージの解読の仕方にかかわるメッセージのこと。
・「どうして帰ったの?」「電車で。」=「こう訊くことで何を訊きたいのか?」という問いを持たなければならない。
・メタメッセージについてコミュニケーション当事者間の合意が成立しない限り,いかなるコミュニケーションも成立しない。
・メタ・コミュニケーションの不調が統合失調症の原因になる。
・「ダブル・バインド」理論
・家族関係を通じて,子どもがメタ・メッセージを適切に読み取ることを組織的に妨害される状況を意味する。
・メタメッセージはおもに非言語的なレベル(音調,目配せ,ジェスチャー,表情などなど)で発信される。
・母親が言語的レベルでは,「お前を愛している」と発信し,非言語レベルでは「お前を愛していない」と発信する。
これは自分を欺いている母親を支持するために,子どもが自分自身の内面真理について自らを欺かねばならない,ということを意味している。母親とうまくやっていくためには,他人のメッセージばかりか,子どもは自分自身の内面のメッセージについても誤った識別しか許されないのである。(G・ベイトソン「精神の生態学(上)」

その結果,相手が本当に言いたいのは何なのかを決定することも,自分が本当に言いたいことを表現することにも――両方とも正常な人間関係に欠かせないことであるーー習熟しないまま成長するのである。(同書)

・人間が対立的,両価的な語義を併せ持つ語を聞き分けることを強いられるのはなぜか?
・それは,コミュニケーションにおいては,言語的なメッセージをやり取りすることより,ごくわずかな徴候的差異に着目して,メッセージの読解レベルを読みだす能力のほうが,生存戦略上優先する,ということである。

人類が言語を手にしてから数十万年にわたって,あえてこの「不合理」なふるまいをやめずにきたのはなぜか。それは,同一レベル上での項間差異を検出する能力よりも,同一項に含まれるレベル差を検出する能力のほうが,人間が生きていく上でより有用だからだ。そう私は解釈する。(「死と身体」内田樹 p21)

私たちは幼児期からこの能力の開発を集中的に訓練されている。そして,日々の生活の中で,その能力については,じつにシビアな「テスト」が繰り返し試みられている。(中略)
わたしたちの毎日はこのような「テスト」で充満している。厳しい試練だけれども,人間はおそらく幼児期からその訓練を積まないかぎり,社会生活を営むことができないのだ。(同署 p21)


【コンタクト成立】
・「コンタクトが成立していることを確認するメッセージ」=「交話的メッセージ」
・「もしもし」「もしもし」
・コンタクト成立を告げる交話的メッセージは,そのカオスから言語と主体が立ち上がる決定的な契機を意味している。
わたしたちは何か有意なメッセージをやりとりするためにコミュニケーションを「利用」しているのではなく,むしろ「優位的なメッセージのやりとりをする」という口実のもとに,言語と主体が生成した栄光の瞬間,つまり人間が人間になった瞬間を日々祝聖しているのである。(同書 p26)

コミュニケーションが適正に成立することが困難であるからこそ,わたしたちはコミュニケーションの成立を切望するのであり,そのために,コミュニケーションはそのつどつねに誤解の余地があるように構造化されているのである。(同署p26)

【複雑は簡単,簡単は複雑】
・人間はどうして,わざわざ話を複雑にするのか?
・話を複雑にするのも,簡単にするのも,人間の本性にかなっている。
・ここでいう「複雑」とは,端的には「違うものが同じ名で呼ばれる」ということ。
・「簡単」とは,これもまた「違うものを同じ名で呼ぶこと」
・善と悪,勝ち組と負け組=違うものを同じ枠組みにすることで,話を複雑にし,簡単にしている。
・話をむやみに簡単にしたがる人間は,トラブルメーカー。
・「話を複雑なままにしておく」ことのできる人間を,「清濁併せのむ度量」「融通無碍の人」
・妥協のならない対立を「両論併記」「継続審議」としておくと,解決不能と思えたことが片付いたりする。
・「複雑の人」は,「別のものを同じ一つの袋に放り込んで」おきながら,それが「別のもの」がたまたま「同じ袋」に入っているだけだということを知っているというだけのことである。

「両忘」を座右の銘にしたとたん,こういう話がアンテナに引っかかってくる。う~ん,引きよせ~。
ここに書いたのは,この本の序章だけだが,この切り口はとても面白い。

僕たちは,コミュニケーションできるということを常に実感するためにコミュニケーションをしている。(オモロー!)そして,言語ではなく(脳的),非言語(身体的)コミュニケーションの力を身につけることが社会生活を営む上で大切だからこそ,言語の構造は複雑なものになっている(オモロー!!)この非言語の部分を成長の過程で,適正に身につけられなかった人間は,メタメッセージが理解できず,コミュニケーション不全を起こす。(ふむふむ)そして,この言語の複雑さを,複雑とはいえ,同一のものであるということを理解していると,結果として物事を簡単にとらえることができるようになる。(両忘じゃん!!オモロー!!!)

この辺の切り口は,湧氣教育の根本にもかかわってくるんじゃないかとすら思える。ここから,次は,「身体論」の話にもなってくるのですが,これまたオモロー!!

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